2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、各種競技で代表選考が始まっています。実は、かつて2012年のロンドンパラリンピックの日本代表選手として活躍し、現在も東京パラリンピック出場に向け日々練習を重ねている若手スポーツ選手が名古屋にいます。「ボッチャ」というパラリンピックの公式スポーツ競技のプレイヤーである加藤啓太さんです。

 

人生の約半分の時間をボッチャと過ごす加藤さん


加藤さんは、生後3ヶ月で脳性麻痺の重度障害者となりました。両腕足の麻痺、そして言語障害。日常生活全般に常に介助を必要とする身体障害者の加藤さんですが、自分の意思で動かない体とは裏腹に、車椅子で学校に通ったり、大学生になると自ら一人暮らしをするというアクティブな精神の持ち主です。そして、その積極性や想いの強さから、現在はヘルパー派遣事業を行う会社の代表取締役というキャリアを積んでいます。

そんな加藤さんがボッチャというスポーツに出会ったのは14歳の時。きっかけは友人のお母さんからの勧めということですが、当時のボッチャ協会の会長の「今はまだ日本の競技人口も少ないので、今から始めれば十分に日本代表のチャンスがある」という言葉を受け、練習を重ねグングンとその頭角を現していきました。2012年にはロンドンパラリンピックの日本代表選手として世界で戦ったり、全日本のキャプテンを務めるなど、これまでずっと日本のボッチャの第一線をリードしてきた人物の一人なのです。

 

ボッチャという競技と、その魅力

ところで、読者の皆さんはボッチャという競技名は聞いたことがあっても、どんなスポーツなのか知らない方も多いのではないかと思います。
ボッチャは、重度脳性麻痺障害者や四肢重度機能障害者のために考案されたスポーツです。カーリングのような競技であり、ジャックボールと呼ばれる白い球目掛けて対戦相手それぞれが6球ずつカラーボールを投げ、よりジャックボールの近くに自分の球を置くことができるかを競います。その戦略の立て方やプレイの様子は、カーリングに似ています。

加藤さんはボッチャについて「最後の1球でメイクドラマが作れるスポーツだ」と、その魅力を語ります。ボッチャに使われる球は天然革やフェルトなど、素材も様々。また、加藤さんのように両腕が使えず投げることができない選手は、「勾配具(ランプ)」という加速装置や、口や頭にリリーサーという道具を使いながら球の位置やスピードをコントロールします。

その日の会場の気温や湿度によっても球の流れが変わり、1つとして同じ試合は生まれません。6回しかない投球チャンスにはあらゆる戦略や駆け引きが求められる、非常に緻密なスポーツであることが分かります。

 

2020年東京パラに向けて上昇するボッチャの人気と、その先の話


東京オリンピック・パラリンピックを間近に控えていることもあり、近年は特にボッチャの競技人口がグッと増加しているそうです。またトヨタ自動車が日本ボッチャ協会とゴールドパートナー契約を結ぶなど、企業によるボッチャスポーツ、そして選手への支援が盛り上がってきています。

自身の経営者としての仕事を持ちながらも、1ヶ月のうちほぼ半分の日はボッチャの練習に時間を費やしているという加藤さん。もちろん、東京パラリンピックの代表選考が目の前の目標ですが、加藤さんは意外にも冷静にこう話します。
「今は、東京パラリンピックがあるので盛り上がっているからいいんです。でも、パラリンピックが終わって2021年になれば、その認知度は一気に下がります。国や企業からの支援も急激に少なくなるでしょう。そうすると、選手として活動できなくなるプレーヤーも増えていくと思っています。でも僕はボッチャを続けたい。だから、東京パラリンピックが終わったその先も見据えて行動しなくてはいけないんです。」

サッカーや野球のように、メジャーな競技ではありません。ましてや、障害者競技。まだボッチャが日本で広がる前からずっと選手として活躍し続けていた加藤さんだからこそ感じる、東京パラリンピックが終わってからの危機感。いま、加藤さんはパラリンピックの先を見据えながら、仕事や練習の合間に自身の経験を語る講演会活動を積極的に行っています。

 

腕や足は動きません。なので、「あいうえお」が書かれたボードを一つ一つ指を差し、ヘルパーさんがそれを伝えてくれます。それは、周りから見たらとてもぎこちないコミュニケーションに見えるかもしれません。しかし、試合やスポーツ、そして経営、あらゆる局面で加藤さんは、常に考え動いている・・・そんなことを、加藤さんのお話から感じました。

「今は、新しいボッチャ選手がたくさん出てきましたよ。みんな、本当に綺麗で繊細なプレーをするんです。でも、僕はそういうプレーはしません。コーチからも、お前に繊細なプレーは向いていないと言われましたしね(笑)。もっともっと、人を魅せるような迫力のあるプレーを試合で披露できたらと思っています」


日本代表経験者今年6月にも、名古屋市内で「オフィス・デ・ボッチャ」という企業対抗ボッチャ大会が開催されたり、これからますます、私たちがボッチャという競技に触れる機会は増えるでしょう。強くなるために、強くあり続けるために戦うアスリートの姿は、オリンピックもパラリンピックも同じです。4年に一度だからこそ、この機会にパラリンピック競技に興味を持ってみませんか?きっと、ボッチャの選手たちの真剣な眼差しに、そして最後の1球まで見逃せない試合展開に、私たちは釘付けになることでしょう。